| TOP | 砂ワールド |

砂ワールド
砂地農業の現状と将来展望パート2 不毛地を沃野にかえる-砂地農業への挑戦・世界の沙漠写真展-編
当講座の内容は、日本砂丘学会様よりご提供いただいた「日本学術会議講演会」(平成10年〜12年)テキストの内容を転載しております。
掲載をご承諾いただきました諸先生方に謝意を表します。
第5回サンドポニックス式砂栽培システムの開発

住友電気工業(株) 鈴木 明夫


はじめに

 表題の「サンドポニックス式砂栽培システム」は養液栽培の一つであるが、土耕感覚で栽培を行うことが可能で、比較的馴染みやすくシンプルな栽培方法である。住友電気工業(株)では、1970年に砂栽培の調査に着手し、1972年には試験栽培研究を開始した。その結果1980年には養液栽培として「サンドポニックス式砂栽培システム」を発表1)・上市した。その後、砂栽培システムの詳細について発表2)あるいは紹介3)がなされているが、本報告ではその開発過程を紹介する。
  1. 砂栽培とは
     古くから砂耕栽培という言葉が存在するが、ここにわざわざ「砂栽培」と称しているのは、これに意味を持たせているのである。「砂栽培」という言葉は九州大学名誉教授福島栄二博士が、実験用植物を砂を用いて栽培したところ、その生育が予想外に良好で、単なる実験研究用でなく、経済栽培が可能ではないかと考えて提唱したことに始まったものである。4)5)
     また、日本には砂丘地が24万ha存在し、その砂丘地でそのまま栽培をすることも行われており、これに対しては「砂地栽培」あるいは「砂丘地農業」などの言葉が使われている。このような砂丘地での栽培は、堆肥などの有機物の投入による保水性、養分保持能力の向上を図り、さらには砂丘地に適した作物の選定を行い、地域特産物の育成を目指したもので、どちらかといえば、土耕栽培の延長上で考えられていた6)。したがって砂地栽培は、トリクル灌漑で養液を供給しても、いわゆる養液栽培の範疇には入らないと考えられていたが、最近「養液土耕」なる栽培方式が話題となっており、土耕と養液栽培との境界がやや曖昧になってきた。当初福島博士の考えていた砂栽培は、このような栽培をも包含しており、砂栽培を必ずしも養液栽培の中だけで考えてはいなかった。
     第1図に養液栽培の分類を掲げた。代表的な養液栽培を、養分の供給方式、培地の有無を基準として分類したが、他にもいろいろな分類方法がある。ここでは第1図中の「砂耕」と対比して「砂栽培」を説明する。
     砂栽培は砂または砂状の物理構造を有する培地を用いて、その培地の物理性、化学性を最大限に利用して、作物を健全に育てようというものである。一方、養液を循環させる砂耕では、砂は単なる作物根の支持体としての役割を果たすだけであって培地は必ずしも砂である必要はなく、礫、くん炭、ロックウールあるいはプラスチック素材でも代替可能である。
     ところが「砂栽培」においては、培地である砂の粒度組成、母岩の元素組成など、砂の持つ物理性、化学性が極めて重要である。たとえば砂層中に存在する孔隙は作物に必要な養水分を保持すると共に根に対して十分な酸素を供給する役割を果たす。作物根が過湿害等を受けずに健康に生育すれば、作物は砂から微量元素を自ら吸収してくれる。そのため、純粋な硅砂のようなものでないならば、必ずしも完全培養液を必要とせず、窒素、リン酸、カリの三要素を含む液体肥料を希釈して灌水と兼ねて点滴供給すればよい。点滴灌水はかけ流し方式で行うが、灌水必要量はあらかじめ計算して与え、過剰供給を避けるようにする。このような管理によって砂層中の孔隙を確保して、根圏を酸素十分な状態にしておくことを基本としている。
     また砂を培地として用いた場合、水耕あるいは礫耕と比較して砂培地の緩衝能が大きいため、肥培管理が容易で栽培を行う上で有利である。それと同時に砂培地の持つ微生物活性も、砂栽培において重要な働きをしている。ここで用いる液体肥料は尿素を主体とした複合化成液肥であるが、極端な過湿や低温などの悪条件にしなければ、施用された尿素態窒素はアンモニア態窒素を経由して硝酸態窒素に変換されて、作物には利用される。砂に施用した尿素が4日もすれば硝酸として検出されることは既に報告されている8)。この他にも、砂は残根等の有機物の分解活性が高く砂中の微生物相は、その数において土壌中と比較すれば少ないが均整のとれたものとなっていることが推測される。また本システムを使用することによりメロンつる割病の菌数が減少するという報告9)では、栽培ベッドの微生物相の関与についても議論がなされている。
     以上述べたように、砂を単に根の支持培地としてではなく、作物生育に多くの役割を果たさせているのが砂栽培であり、砂耕栽培と異なる点である。

  2. 砂栽培システムの開発課題とその検討
     砂100%の培地で作物がよく生育し、実際に農家レベルでの成功例も数多く報告されている4)7)。しかしながら、そのやり方は様々で、個人的に砂の培地で上手に作物を作りこなしているという状態であって、技術としてこれらのやり方を他人に伝えることは不可能という状態であった。砂栽培を再現性を持ったシステム化された栽培技術として確立するためには、どんな砂を使うか、砂層の厚さをどれだけにするか、どんなベッド構造にするか、どんな肥料を使うか、灌水・施肥方法はどうするか、肥料の希釈方法はどうするか、どんな作物が適するか、などの課題について検討し総合しなければならない。
    1)砂の選定について
     砂は土壌の中の一区分であり、現在我が国で採用している国際土壌学会法による区分を第1表に掲げた。これによれば、砂の定義は粒径2.0〜0.02mmの土壌粒子のことであり、土壌の中でかなり限定された区分ということができる。しかし、実際各地の砂を集めて粒度組成分布を調べてみると、第2表のように、いろいろな粒度組成のものが存在する。もちろん現実に存在する“いわゆる砂”は砂の区分から外れる粒子を含んだものが多くある。次に同じ砂について元素組成を調べた結果が第3表である。大部分が珪酸とアルミナであることは予想されたことであるが、各砂の母岩によってその値は多少異なり、他の成分も様々である。また、グァム島の砂はサンゴ礁由来の石灰質であるため約半分がCaOである。
     これらの砂で栽培試験をしてみたところ、生育に対して砂の元素組成は、植物の必須元素がある程度含まれていれば殆ど影響なく、影響が大きいのは粒度組成であった。特に粘土・シルト分が多いと生育の再現性が悪かった。これは砂培地の孔隙が十分確保されないため、通気性あるいは透水性が悪くなり作物根が酸素不足になるためであると考えられた。一方、粒度が粗い礫に近い砂についてはトマト、ナス、キュウリ、メロンなどの果菜類では影響が少ないが、ほうれん草、小松菜などの軟弱野菜、ラディシュ、小カブなどの根菜については生育のバラツキ、形状不良などかなりの影響が観察された。粒度組成については砂の区分以外の粒度の少ないもの程よく、土建業でいう細目砂が使いやすいというのが結論である。
     実際の砂選定に当たっては、粒度組成のほかpH、EC(電気伝導度)、病原菌あるいは有害物質などの有無のチェックが必要である。
    2)栽培ベッド構造について
     砂の選定条件と共に、栽培ベッド構造は重要な課題である。砂層の厚さ、砂の充填密度、ベッド底の構造が複雑に絡んでその評価は非常に難しい。第2図にいろいろテストしたベッドの構造が掲げてある。有底型というのは、コンクリートあるいはプラスチックシートなどでベッドの底を作ってあるものであり、無底型とは地面上に直接砂を設置するか、寒冷紗あるいは不織布などの布をはさんで砂を設置し、地面と砂層との間で水分のやりとりが存在するものである。通気底型は地面と砂層との間にスペースを存在させて通気性をより良くしようとしたものである。これらのベッド構造に対して比較評価をしたのが第4表である。その結果、通気底型が望ましいことが分かり、さらに第5表のようにベッド資材の性能比較を行い、金網を選定し、現在システムに採用している。
     前述のごとく選定した金網は架台の上に設置して、その上に細かいメッシュのベッドクロスと称する布を敷いて砂を充填する。砂層は当初15cmとしたが、その後どこまで薄くできるか検討し、現在の7cmとなっている。この7cmの砂層を遵守してもらうように金網枠の高さを7cmと規定している。砂はすり切りにして、よく締めて充填するが、砂層の孔隙率は30〜40%で、通気、透水性がよく、過湿防止および酸素の供給に好都合な構造となっている。架台は葉菜用には高脚として腰をかがめる作業を排除するようにしてあり、作物の丈が高くなる果菜類あるいは花卉類には低脚が用意されている。
    3)肥料の検討
     実際の農家での実施例では尿素主体の複合化成液肥を使っており、この液肥は窒素、リン酸、カリの三要素だけしか含まれていない。これらの液肥の性質・成分等については第6表に示した。実際にこれらの液肥だけで栽培実験をしたが、全く要素欠乏らしい症状は観察されていない。第7表には収穫期におけるトマトおよびメロン葉中の養分含有率が示されているが、肥料中に含まれていないCaO、MgOも十分吸収されていることが示されている。また第8表はメロン栽培をして、葉中の微量元素の分析をした結果であるが、各微量元素の含有率は土耕栽培のメロン葉の分析値と大差なく、キュウリの適正値10
    )との比較からも適正範囲内と考えられる。これらの結果から、作物が健康に生育すれば微量要素は肥料として与えなくても、根が砂中から吸収していることが推定される。
    4)灌水・施肥方法
     砂層への灌水・施肥は、点滴灌水方式とノズルによる表面灌水が考えられる。表面灌水は作物に水が掛かり病害の原因となったりベッド表面で粘土・シルトなどの微粒子の影響で、水の皮膜が形成され通気性を損なう恐れがある。一方、点滴灌水方式で、できるだけ長時間かけて灌水を行うようにすれば、砂中の水分は急激な変化をせず、砂層中の通気性を阻害しない。しかし、点滴灌水にも種々の方法があって、通常はベッド上に点滴チューブ(パイプ)を設置する方式が一般的である。我々は第3図に示したようにトリクルパイプをベッド下に配し、そのトリクルパイプに一端を挿入したマイクロチューブの他端がベッド上水平に張られたピアノ線に固定する方法を考案した11)。この方法は、長手方向40mまでは点滴各店からの均一な灌水が可能であると共に、灌水指令の入・切に対する応答がシャープで正確な灌水を可能とするものである。
    5)肥料の希釈方法
     市販の液肥を使うことを前提に、灌水流量の変動に影響されることなく、希釈倍率が自由に設定でき、かつ安定した希釈倍率を示す肥料の希釈装置の開発を行った。第3図に示すように、流量計で本管の流量を検出し、電気信号として灌水コントロラーを介して定量ポンプを作動させ、液体肥料を本管内に圧入し希釈するシステムとなっている12)。また灌水コントロラーは毎日指定された時刻に指定された量の灌水施肥の指令を行うようになっている。もちろん、栽培ベッドに設置された水分センサー、あるいは日射量などによって灌水の指令を出すことも可能である。
    6)砂栽培システムの構成
     これまで述べてきた開発課題の検討結果を総合して、第3図の様な砂栽培システムを構築した。すなわち架台上に厚さ7cmの金網を置き、ベッドクロスを敷いて選定基準に合致した砂を充填する。この栽培ベッドに前述の灌水装置を取り付けるが、点滴点の配置は各肥料要素の砂中での拡散状態を検討した結果から決めている。この灌水装置の上流には液肥希釈装置が配置され、そのコントロラーは灌水の制御をも行うようにしている。このシステムによって灌水・施肥の自動化を図ることができ、比較的容易に砂培地のメリットを生かした栽培が可能となる。

  3. サンドポニックス式砂栽培システムの特長
     上記の如く構築した砂栽培システムはサンドポニックス式砂栽培システムと命名し、現在その普及に務めている。このシステムの特長をまとめると次のようになる。
    1) 土耕栽培の感覚で栽培が可能で、土作りが不要、砂の入れ替えが不要で半永久的に使える。さらに耕起、除草も不要で連続栽培が可能である。
    2) 養液循環をしないため、土壌病害蔓延の心配が少ない。砂培地に緩衝能があり、肥料は毎日必要量だけ施肥するので肥培管理が簡単である。また低水分管理が可能で高品質の作物を栽培することができる。
    3) 廃液の発生がなく、培地廃棄の問題がないので、環境負荷が少ない。
    4) 肥料、水、電気の使用量が少なく、省エネ栽培でランニングコストが安い。


  4. 経済性の検討
     この栽培システムを採用した場合の経済性について述べる。第9表は実際農家で1年間に亘りサラダナ栽培を実施した結果を取りまとめた実績である13)。まず目につくのが施設償却費であり、次に出荷費が意外と大きい。肥料、電力、水道料、諸材料費などのランニングコストは全体費用の1/7と非常に少ないことが示されている。
     最後に、最大の問題点として売上高であるが、これは収量×単価であり、ここで見込み違いをすると“狸の皮算用”ということになる。養液栽培を導入した場合、収量、販売単価とも保証されているわけではない。養液栽培システムは作物栽培において地下部環境に関与するにすぎず、地上部の環境管理、病虫害の防除あるいは作物の手入れ方法など、作物固有の栽培技術が存在する。養液栽培を導入した本人が、作物固有の栽培技術を身につけた上でシステムを使いこなさねばならない。この点が養液栽培の成功・失敗の岐路となっていることを忘れてはならない。

文献
1) 鈴木明夫・高階誠・金城鉄芳・小玉忠:砂栽培実用化試験に関する報告(第6報).園学要旨.昭55春,322-323(1980).
2) Suzuki H. :The Sandponics cultivation system. Proceedings 6th International Congress on Soilless Culture, 651-660(1984).
3) 農業技術体系12,野菜編.(農文協)−養液栽培53-58頁.
4) 福島栄二・岸本博二:砂栽培理論と実際.富民協会(1966).
5) 福島栄二:環境調節下の植物培養法.化学と生物,6(6),246-253(1968).
6) 竹内芳親:導入作物の変遷とその背景.農業および園芸74(9),957-964(1999).
7) 北川一栄・福島栄二:情報時代の農業.創元社(1971).
8) 遠山征雄:砂栽培に関する基礎的研究(第3報).園学雑,42(4),317-325(1974).
9) 長谷川優・竹内芳親他:点滴かんがい・薄層ベッド方式砂栽培におけるメロンつる割病の発病抑制.鳥大農研報41 1-8,(1988).
10) 高橋英一他:作物の要素欠乏 過剰症.(農文教)240-241頁.
11) 小玉忠・村上路一:灌水装置.実公昭58-32754.
12) 菅野栄一・鈴木明夫・赤松達雄:液体肥料の自動希釈装置.実公昭59-171733.
13) 吉田久雄:砂栽培によるサラダナ栽培と経営.野菜園芸技術,10(4),31-34(1983).

平成11年11月12日開催「日本学術会議創立50周年記念公開講演会」テキストより転載

ページトップ


| TOP | 砂ワールド |