中国の緑化と炭酸ガス問題
(株)野村総合研究所 小河 誠
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- はじめに
中国の緑化に関する問題は単なる環境問題にとどまらない。1998年の未曾有の大洪水発生は森林伐採が原因の1つとみられるように、緑化は自然災害と密接に関連しており、まさに中国は緑化戦争といった深刻な状況にある。中国ではこれまで、土壌の流亡、砂漠の拡大及び草地の「三化」(退化、砂漠化、アルカリ化)が全国土にわたり影響を及ぼしてきており、その防止に向けての緑化推進が国家的に緊急、且つ重大な課題となっている。
また、温暖化等の地球環境問題では、炭酸ガス排出量の問題を解決する有効な手段の一つとして、緑化が注目されている。炭酸ガス排出量についてみると、2025年の将来推計値では、中国が世界第1位の排出国になると予測されている。
すでに、京都議定書(1997)において、森林等による炭酸ガスの吸収量もカウントすることが盛り込まれた。これに伴い炭素ストックの範囲、CDM(Clean
Development Mechanism)、炭酸ガス排出権取引等、緑化と炭酸ガスをめぐる動きは慌ただしさを増してきている。このような動向を踏まえて、中国の緑化と炭酸ガス問題をめぐるこれまでの知見を整理し、炭酸ガスの見地から今後の中国の緑化の課題について考察した。
- 中国の緑化に関する問題点
中国の土地利用及び土地資源の現状を表−1に示した。中国の地表面積は9.6億haで、土地利用の割合をみると草地は41.7%と高く、耕地は9.9%、森林は13.4%と低いのが特徴である。土地資源としては荒地及び林業用地を合わせて約3.7億haであるが、そのうち利用可能地が約1億haである。また、森林蓄積量は約100億m3と推定されている。
中国の土地利用においては、耕作や放牧による土地の過剰使用及び土地の適正管理の欠如等が大きな問題となっており、それらの原因により急速な砂漠化を招き、年々そのスピードが増大しているといわれている。
中国の緑化に関する生態環境問題として、主に次のような4点が指摘されている(表−2)。
1. |
これまでの土壌流出面積は3.67億haで、土地面積の約38%にわたっている。現在においても、毎年平均100万haを超える土壌流出がみられる。特に、揚子江上中流域や黄河上中流域において土壌流出の影響が大きい。 |
2. |
現在、砂漠化している面積は2.62億haで、さらに毎年24.6万haのスピードで砂漠化が進行している。特に、「三北」(東北、華北、西北)地域の干ばつ地域や草原地域で顕著にみられる。 |
3. |
これまでの森林伐採により植生が破壊され、土地の生態機能が低下し、自然災害による損失を増大させている。 |
4. |
現在、草地の三化といわれている面積は1.35億haで、全草地の1/3を占めており、さらに毎年200万haのペースで拡大している。 |
中国はこれまで植林、緑化に力を入れており、立木量で年間約4,000万m3の生産が推進されている。しかし、問題点が多く、表−3に示したように、消費が樹木の成長速度を上回っており、消費量に対する生産量の比率は約77%となっている。また、これまで植林した樹木は充分成長しておらず、森林としての充足度は低くなっている。
- 中国の緑化計画
中国では、これまでにも土壌流亡や砂漠化を防止するため、植林によって保護林をつくる取り組みが行われており、過去40年間で1,000万haの保護林がつくられ、砂漠化した土地の10%がコントロール下に置かれている。
中国アジェンダ21(1995)では、2000年までに600万haに樹木や草を植え、砂漠化した土地の30%をコントロール下に置き、砂漠化の進行速度を年間10万haにまで落とすことを目標に計画策定が行われた。しかし、資金面及び技術面等の種々の面から多くの問題があり、充分には達成できていない。
新たに中国国務院は「全国生態環境建設計画」(1999年)を発表した。それは今後50年をかけて生態環境を回復する壮大な国家計画として注目されている。表−4に中国生態建設の総体目標を示した。その目標は、大きく短期目標(現在〜2010年)、中期目標(2011年〜2030年)、長期目標(2031〜2050)の3段階に分けて、それぞれの目標が掲げられている。
中国生態環境建設計画の緑化に関係する主な環境目標として、
1. |
植林を強化するため、2030年までに植林面積を4,600万ha増加し、全国土に対する森林被覆率を24%以上とする。 |
2. |
砂漠化の防止のため、2030年までに4,000万haを緑地に改善する。 |
3. |
耕地の保全のため、2010年までに6,000万haの土壌流出を改善する。 |
4. |
草地の拡大のため、2030年までに8,000万haの造成改良を行うとともに、三化草地の改善に取り組む。 |
5. |
全国で1.15億ha(全国土の約12%)を自然保護区とする。 |
特に森林資源の保護は、森林の生長量が伐採量を上回る必要があり、2030年には植林被覆率の割合が24%以上に目標が設定されている。この目標達成に向けて、森林面積を2030年に2億ha(20.8%)に増大させると仮定した場合、このための造林投資額は30年間で約1.2兆元(日本円で約16兆円)の規模と推定される。
中国の総体目標の中で、地域ごとの主な緑化に関する内容は、黄河上中流地域や長江上中流地域で、2010年までにそれぞれ土壌流出管理1,500〜1,600万ha及び造林970万haが目標設定されている。同様に、飛沙地域では飛沙総合管理900万ha及び耕作地保安林造成160万ha、草原地域では人工植生、草地改良2,670万ha及び草地造成3,400万haと莫大な面積を占めている。
日本においても、国・自治体、企業、NGO等幅広い分野から中国の緑化に対して、資金及び技術的な面から積極的に推進している。その中でも日中民間植林支援構想は、約100億円の緑化基金を設立する内容になっている。
- 中国における炭酸ガスの排出量と今後の見通し
世界における炭素排出量を図−1に、また、将来の世界の炭素量排出見通しを表−5に示した。1995年現在、世界人口は約56億人(1999年7月、60億人)で、1人平均1年間に炭素量にして約1.1トン(炭酸ガス量約4トン)を排出し、全世界の1年間の炭酸ガス排出量は炭素量約62億トン(炭酸ガス量約227億トン)と推定されている。地球的規模の主な炭素循環では、大気中の炭酸ガスは植物の光合成で吸収され、また、雨水や海水に溶け、その一部は珊瑚礁等の固体や海底に蓄積される。
世界全体の炭酸ガス排出量を1990年並にして安定させるには、年間増加量の13億トン近くの炭素量を固定化させるか、または、総排出量を58億トン程度に制限する必要がある。
1995年の中国における炭酸ガス排出量は、米国、ロシアについて第3位であり、約8.7億t-C/年、約0.7t-C/人、世界全体の約14%を占めている。そのうち、石炭、木材などの固体燃料利用による排出量は約8割で、米国、日本等の約3割に比較して高い割合を占めているのが特徴である。
中国の炭酸ガス排出量は1990年をベースにして、2020年には3倍以上となり、2020年には、中国は米国を抜いて世界第1位の炭素量排出国になり、約20.3億t-C/年、約1.4t-C/人、世界全体の約21%を占めると予想されている。
従って、中国の炭酸ガス排出量をコントロールすることは、世界の炭酸ガス問題の解決に直結する重要な側面を持っている。
- 緑化からみた中国の炭酸ガスストック量の推定
植物は葉緑素の働きで、太陽エネルギー、炭酸ガス及び水からの光合成により、炭水化物を作り、酸素を発生する。理論上では、1トンの炭酸ガスは植物に吸収されて0.7トン弱の生物量(バイオマス)になる。
緑化による炭素ガス収支を明らかにするためには、まず炭酸ガス固定系のエネルギー効率を明らかにする必要がある。これまでの森林の研究の主要な目的が、樹木の生理的特性や生産力にあったため、森林がもっている炭素循環機能を精度高く評価できるデータ蓄積は少ない。特に葉枝幹及び根系の呼吸機能の解明は重要である。また、樹種とその構成、ステージ、気温、水分、炭酸ガス濃度等の環境条件、樹体の養分条件等により、光合成・呼吸の関係に大きく差がみられるため、正確な吸収量を推定することは困難であるが、これまでの知見をもとに大胆に中国の炭酸ガスストック量の推定を試みた。
ここでは「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が試算した世界全体の植物炭素量をもとに、中国の植生図から植生面積を求め、その植生面積をもとに配分をして中国の植物炭素量を推定した(表−6)。土地面積比でみると中国は世界の6.3%を占めているが、植物炭素量でみると中国は世界の5.2%である。これは中国には熱帯林が3.3%(世界では熱帯林が11.6%)と少ないことに起因している。
中国の緑化による炭酸ガス吸収量の効果を試算するため、今後20年間(2020年)の緑化の目標を中国生態環境建設の総体目標をもとに、植林面積6,000ha、草地面積10,000ha、耕地面積6,000haと設定した。その結果をみると(表−7)、2010年には、炭酸ガス吸収量が約3.35億トン、2020年には、炭酸ガス吸収量が6.70億トンと推定され、今後中国で予想されている増加排出炭酸ガスの約6〜7割を緑化により処理することが可能となる。しかし、ここで用いた植林、草地、耕地の新規緑化面積は、日本国面積の約6倍にもなり、その実現にはかなりの努力を要するが、潜在的な可能性を秘めていることは間違いない。
今後、その他の緑化可能な土地についても、さらに一層の植林等を推進することにより、将来の中国全体の増加炭酸ガス排出量について、かなりの量についてもカバーできることが期待される。
なお、炭酸ガス吸収の効果では、これまでの緑地がそのまま現状維持をされ、新規緑化した分を新規炭酸ガス吸収として上乗せする方法を用いた。しかし、現実には、土壌流亡、砂漠化といった深刻な土地変化とともに、薪木等固体燃料としての利用による緑化減少もある。また、緑化の中で、農耕地、草地を炭酸ガスの吸収に組み入れたが、実際には人間の食料や動物の飼料となり、ほぼ相殺されるとも考えられ、今後、これらの関連データの収集により解析精度を上げることが必要となる。
- 中国の炭酸ガスからみた緑化の問題点と課題
近年の急激な中国の経済成長を考えると、膨大な増加排出炭酸ガス量を緑化のみにより吸収固定するのは極めて厳しい状況である。しかし、緑化が炭素循環において貯蔵庫として重要な役割を担っており、今後の炭酸ガス問題を左右する重要なファクターであることには間違いない。
COP3(第3回気候変動枠組み条約締約国会議、於:京都)において、森林の炭酸ガス吸収・固定機能が地球温暖化防止に有効であるとのことから、温室効果ガス排出の枠組みに森林が組み込まれた。その具体的な考え方が決まるのは2000年の第6回締約国会議(COP6)以降となるが、炭酸ガス吸収・固定量の算出方法に多くの問題が指摘されている。その主な論点として、次のような内容が指摘されている。
1. |
COP3では、1990年以降の新規緑林のみを対象としている。1990年以前に植林された植林地においても、適切な管理をすることにより、その結果炭酸ガス吸収・固定量が増加するため、その適切な管理行為(保育作業)を組み入れた算出方法を検討する必要がある。 |
2. |
炭酸ガスは木の幹のみならず、枝、葉、根、土壌等にも多く貯蔵されており、これらの全体を組み入れた算出方法を検討する必要がある。 |
3. |
森林は若齢の間は旺盛な成長を示し、炭酸ガスを良く吸収するが、成熟するとその吸収力はおとろえる。伐採後に再植林することにより旺盛な成長を繰り返す。さらに、伐採後の木材は家屋、家具、紙等に形を変え、引き続き炭酸ガスを貯蔵する、いわゆるLCA(Life
Cycle Assessment)を取り入れた視点を考慮する必要がある。 |
中国は開発途上国の扱いであり、炭酸ガス等温室効果ガスの総排出量削減の数値目標は設定されていない。しかし、世界に占める中国の炭酸ガス排出量は多く、しかも、近い将来において先進国の仲間入りをすることを考えると、中国はより一層の炭酸ガス問題に取り組む必要がある。特に緑化の1つである森林資源の有効利用として、建築用材や家具材等の長期使用や再利用等リサイクルを念頭においた循環型社会の形成が、現在の日本と同様に国家的政策として取り上げられてくると考えられる。
また、中国の緑化は日常生活の薪木利用形態や木材輸出等エネルギー及び経済的側面と密接に関連しているが、炭酸ガス削減の見地からみると、伐採時期等の適切な管理運営に大きな問題点がある。少なくとも平均生長量が最大の林齢以前に皆伐することは避け、過老にならない範囲で伐採林齢を遅らせることにより、炭酸ガスの吸収量を上げることができる。このような適切な緑化管理体制の確立により、今後中国の炭酸ガス吸収量の増大を図ることができる。
さらに、緑化による炭酸ガス固定の増大を図るため、バイオテクノロジーによる最新技術で光合成機能の向上に取り組んでいくことが急務である。特に、砂漠の緑化を考えるとき、砂漠は水分が乏しく、寒暖の差が大きい等過酷な気象環境下にあることを考慮に入れる必要がある。従って、これらの環境条件に耐えることのできる、例えば遺伝子組み替え技術により耐寒性や耐塩性のある成長の早い植物を作り出し、より飛躍的に炭酸ガスの吸収増大を図る研究開発が重要となっている。
- 終わりに
現在、緑化と炭酸ガスの関連を検討するにあたり、市場メカニズムを利用した削減手段が決定され、それに伴う国際的な動きが活発になっている。中国の植林に要する費用は、約6千元/ha(日本円で約8万円)といわれている。今年の5月、環境庁の「環境政策における経済的手法活用検討」で炭素1トン当たり約3万〜4万円(ガソリン1リットル当たり約20〜26円)の税額が必要と報告された。炭酸ガス吸収量を温帯林で約6t-C/ha/年と想定した場合、温帯林1haの価値は年間約20万円に相当し、コスト面からみても、かなりの炭酸ガス吸収量を緑化に依存することも可能である。
地球の環境保全に向けて、いよいよ日本の緑化技術の真価が問われ、世界に大きく貢献する時代を迎えた、と云っても過言ではない。
最後に、今回報告した緑化と炭酸ガス問題は、ダイオキシンと並んで環境問題の中で最も注目を集めている話題であるが、これらに関連するデータ蓄積は少なく、今後この分野での研究集積が期待される。また、データの公表も微妙な時期であるにもかかわらず、ヒアリング及び資料提供等多くの方にお世話になった。この場を借りて、心からの謝意を表す次第である。
引用文献
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(1) |
環境庁:平成11年度日中環境協力情報資料集(平成12年3月) |
(2) |
中国国家計画委員会:全国生態環境建設計画(1999年1月)、監修・翻訳JICA湖北省林木育種計画 |
(3) |
資源環境技術総合研究所 NIREニュース:植生と大気間の二酸化炭素交換量の観測(1997年5月) |
(4) |
新エネルギー・産業技術総合開発機構、(財)地球環境産業技術研究機構:バイオマス資源を原料とするエネルギー変換技術に関する調査(平成11年3月) |
(5) |
新エネルギー・産業技術総合開発機構、(財)地球環境産業技術研究機構:CO2の吸収源の拡大技術及び固定化・再資源化技術に関する調査(平成6年3月) |
(6) |
(社)海外環境協力センター(OECC):セミナー資料(2000) |
(7) |
パーツラフ・シュミル:中国の環境危機、〈株〉亜紀書房(1996年9月) |
(8) |
環境庁:森林等の吸収源問題に関する検討結果報告(平成10年11月) |
(9) |
U.S.A:Energy Information Administration/International
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(10) |
(社)海外林業コンサルタンツ協会:海外林業開発協力事業事前調査事業報告書(1996年3月) |
(11) |
IPCC:Summary for Policymakers(Land Use, Land-Use
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(12) |
下山 春平:地球温暖化と森林・林業・林産業(技術士 平成11年12月) |
(13) |
中国森林省:中国アジェンダ21のための森林アクションプラン(1995) |
(14) |
世界資源研究所他:世界の資源と環境1998-1999(1998) |
(15) |
中国:中国統計年鑑(1998) |
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平成12年6月16日開催「日本学術会議第17期第3回地域農学研究連絡委員会講演会」テキストより転載
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