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砂とは? 砂は細かい鉱物や岩石片の粒でできており、砂丘は砂粒の集合体である。砂とはニミリから十六分の一ミリまでの大きさの粒子と決められている。 鳥取砂丘を構成する砂は、サイズが一ミリ以下八分の一ミリ程度。構成する鉱物は大部分が石英と長石で、このほか磁鉄鉱、角閃石、輝石、ジルコンなどを含んでいる。新砂丘と古砂丘では構成鉱物にわずかなちがいが見られる。 砂丘の砂の形は、川砂や海砂とくらべると、著しく風化していたり、磨耗されている。石英の粒子の表面が汚れていたり、不透明になったものも多い。とくに古砂丘の砂は、風化と汚れで黄褐色になっている。 |
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砂丘の地下構造 砂丘は一見すると、ただ砂ばかりとしか思えないが、じつは詳しく調べるとさまざまな歴史を秘めている。 鳥取砂丘では、大山火山などから飛来した火山灰を砂のあいだにはさんでいることが、地質調査を行った研究者によって明らかにされた。この火山灰は、更新世の終りころ(約五万年から二万年前)に降灰したことが判明しており、これによって、鳥取砂丘は火山灰降下以前の古砂丘と、以後の新砂丘に分けられた。 砂丘には、ところによってこの火山灰層が露出した場所があり、黄土色をした層なので簡単に見分けることができる。 このように鳥取砂丘は、全国の砂丘でも珍しく、砂丘の構造がよくわかるので貴重である。砂丘にはさまれたクロスナや遺跡なども、砂丘の構造を知る貴重な手がかりとなる。 鳥取県中部の長瀬高浜では、工事で掘り下げた際、砂丘の下からクロスナが現れ、膨大な土器や石器を出土して地下の構造が明らかになった。 砂丘の下にどれぼどの砂丘がつづき、その下にはどんな岩石があって、土台になっているかを知るには、周りの構造から類推するのも方法だが、直接ボーリングをすると確実にわかる。鳥取砂丘では、一九九三年と翌年にボーリングが行われ、地下に火山灰層をはさみ、さらにその下に砂丘の砂や砂と粘土の層が六十メートル近くもあることがわかった。 |
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砂丘の内部構造 海岸砂丘の発達は、海水面の変化に支配される。海面の高い時期にできた浜堤(ひんてい)を土台にして砂丘ができはじめるが、海面が低下するにつれて、海の側に次々と新しい横列砂丘ができる。砂丘はこのように、海岸線に並行して砂丘列をつくるのである。もっとも、その場所が遠浅であったり、海面の低下が急であったりすると、砂丘のつき方はちがってくる。 日本の海岸砂丘を見ると、古砂丘の上を新砂丘が直接おおっているものがある。津軽砂丘が典型的なので津軽型と呼ばれた。鳥取砂丘はこの例である。完新世になってからの砂丘は、上下にかさなってできたもの、横並びにできたもの、これらの二つが複合したものがあり、それぞれ累積型、並列型、複合型と呼ばれている。このような砂丘は北陸の金沢砂丘によく見られるので、金沢式砂丘という。 |
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砂と砂丘の移動 砂丘の特徴は、吹く風により形をかえることにある。その速さはほかの地形とちがって、一夜のことも、数時間のこともある。固結していない砂丘では風によって侵食がはじまり、その砂は移動をはじめる。風による運搬は風速と粒子の大きさに関係し、浮遊、跳躍、匍行(ほこう)の三通りの移動をする。 砂粒のサイズだと、風速が毎秒五メートル前後で移動をはじめるが、浮上して少し移動しては落下し、つぎの砂粒を移動させる。これが跳躍である。匍行は、砂粒が大きいか、風力が弱いときに跳躍できず、地表を転がりながら移動することをいう。風紋は砂粒の跳躍の結果できるもので、時々刻々、砂丘の表面に風の息吹として描かれては消され、また描かれている。 鳥取砂丘のバルハンや砂丘列も、季節風の強い冬期間は内陸側へ、春から夏には南風によって揺りもどされているが、全体として北西風が強く、内陸側に少しずつ移動している。かつて、浜街道に建っていた浜坂の柳茶屋は飛砂が押し寄せ、つぶれてしまった。 砂丘の除草によって、最近では砂の移動が活発になり、風紋がよくできるようになった。砂が削られるところがあれば、反面その砂のたまるところもある。長者ケ庭の北の砂丘頂上に見られる砂のひさしで砂の移動がわかる。砂丘の移動は年間数センチメートル程度である。
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砂丘の砂の色をさぐる 白松青砂といえば、美しい日本の海岸の景観であるが、砂の色はところにより少しずつちがっている。 瀬戸内海の山陽海岸では、石英を多く含んだ花崗岩地帯の砂なので、白く輝いているが、火山地帯の海岸では黒っぽい砂が多い。安山岩などの岩片が多く、石英が比較的少なくなるからである。 鳥取砂丘では海岸の砂は白く輝いて見えるが、砂丘そのものは褐色である。とくに、三列目の砂丘が茶褐色がかって見えるのは、砂粒が風化し、砂粒の表面に汚れが付着して黄色味を帯びているからだ。この三列目の砂丘は古砂丘で、全体が黄褐色に見えるのに加えて、古砂丘をおおう火山灰層が表面に露出してより色が濃く見える。砂の色は砂丘の古さを示しているといえよう。 |
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クロスナのなぞ 山陰の砂丘では、新砂丘のなかに厚さが五十センチメートル前後の暗褐色〜黒色の層がはさまれていることがある。砂より細かい粒子も少しは見えるが、主に砂が黒い色に着色したものだ。そこで、「黒い砂」の意味でクロスナと呼ばれる。黒い色は燃やしたり、過酸化水素に浸しておくと消えることから、これは有機物中の炭素の色であることがわかる。 クロスナの中には、プラントオパール(植物珪酸体)という植物の茎や葉に含まれた珪酸の微小な固まりが見いだされる。プラントオパールはカヤなどのイネ科の植物に含まれるので、クロスナはイネ科の植物が繁茂して草原化し、有機物を蓄積したものであることがわかる。しかも、その中に縄文時代から室町時代の遺跡や遺物を包含していることがあり、草原化した時代や環境を知ることができる。地質調査の結果では、時代の異なる三枚のクロスナ層が識別されている。鳥取砂丘でも、周辺の砂丘にクロスナが認められている。 |
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1. 鳴り砂のひみつ 山陰の海岸で乾いた砂の上を歩くと、足元で不思議な音がすることがある。キユ、キュと澄んだ音である。砂を踏みつけることによって砂の中から発する音なので「鳴り砂」とか、「鳴き砂」と呼ばれている。 鳴り砂は、波で洗われたきれいな粒のよくそろった砂でないと鳴らない。したがって、砂浜海岸の汚染度を図る指標になるといわれている。 鳴り砂は砂の粒子が1mmから8分の1mmの大きさの範囲て鳴るが、4分の1〜8分の1mmの細砂が多いときにいい音がする。しかし、2分の1mmより大きい粒子や、砂より細かい微粒子が砂の中に混在したり、砂表面が汚れていると嶋らない。 2. 黄砂って何? 中国大陸の砂漠や黄土地帯で強い砂嵐が発生すると、細粒物質が上空に吹き上げられ、ジェツト気流に乗って日本の上空まてやってくることがある。これが黄砂(こうさ)で、低気圧の活発な春先から5月ころにかけて、とくに西日本の日本海側てよく見られる現象だ。 黄砂の著しい日は、天気がよくてもどんよりと春霞がかかったようになり、車のフロントガラスなどには、べつたりと汚れがつく。春先の雪と混ざつて降ることもあり、北陸や新潟地方ては「赤雪」と呼んでいる。微細な粘土鉱物や石英・長石などが主成分てある。 砂丘中に埋没している古土壌層からは、大陸起源と考えられる粘土鉱物や石英粒が各地で見いだされている。これも黄砂によるもので、古砂丘が形成されるような古い時代にも黄砂現象があったことを示している。 3. 砂鉄はどうして集まるの? 砂丘をつくる砂には、石英や長石などの結晶てある鉱物の粒子がたくさん含まれている。 鉱物は、もともとは集合して岩石をつくっていたもので、風化によってバラバラに分離し、砂粒となって運ばれてきたものである。このような砂粒の中に鉄とチタンを主成分とする鉄鉱物があり、砂鉄と呼ばれる。 よく知られている磁鉄鉱(マグネタイト)という呼び名は、チタンをほとんど含まない鉄鉱物につけられた鉱物名で、チタンが含まれてくるとチタン磁鉄鉱(チタノマグネタイト)という。ほかに、これらとは結晶の構造が異なるチタン鉄鉱(イルメナイト)や赤鉄鉱(ヘマタイト)もある。いずれも黒色不透明で金属光沢があり、多くは強い磁性をもっている。また、比重が4〜5と石英や長石の倍近く、同程度の大きさの砂粒のなかではもっとも重い。 砂が水流や風で運ばれるとき、重い粒子である鉄鉱物はなかなか動きにくく、移動してもすぐに停止してしまう。ほかの石英などの軽い砂粒はどんどん運び去られ、鉄鉱物だけが残されていくことになる。こうしてできた鉄鉱物の密集した黒い層が砂鉄(層)である。 資料提供:(財)自然公園美化管理財団(C) |
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